”祖母から、孫へのお作法”
”先におばあちゃんの知恵”を書いている時、思い出した話がある。
今からもう十年も前頃の生徒の話である。
「母が夜仕事をしていたので、何時もおばあちゃんが私の世話をしてくれていたの!お風呂に入ると何時もおばあちゃんが私の身体を洗ってくれながら言うのよ。”女の子はね、この耳の後ろを何時も綺麗に洗いなさい”って、何時も何時も言うので、お風呂に入って面倒な時には、顔を洗わなくても、耳の後ろだけ洗って出て来たりしたわ!訳が解らないけど、お風呂に入ったら耳の後ろを洗えばいいのだと思って…」
「理由が解ったのは、何時だった?」
そんな話をして笑った事があったけれど、これも”おばあちゃんの女性の身だしなみ”を孫に伝えた一つであろう。
最近、家でも孫達がお風呂に入る様になった。自然と洗濯物が置かれる。
孫に言った。
「女の子だから、自分の下着だけはお風呂に入る前に軽く洗って洗濯籠に入れる様にね」
それから、欠かす事無くその約束だけは守っている。
お箸の事。
「自分の使ったお箸は、食事が済んだら洗っておく様に!。今日も元気で食事が頂けましたと言う、お箸に感謝の気持ちでね」と伝えた。
同じ事を子供達にも言った。しかし、
「自分のお箸は、自分で洗っておく様に、水につけておくと塗りがはげたら勿体無いから!」
ありがとう!
何気なく、この言葉を一番使うのは、孫である。
そして、「大丈夫?」と心配する言葉を掛けてくれるのも、孫である。
思いやりの気持ち!
「お風呂から上がる時には、湯船に髪の毛が浮いてないか、必ず点検する事。これは、次に入る人への思いやりの気持ち」
”ありがとう”の感謝の心と”思いやり”の気持ちさえ持っていれば、喧嘩はしない。
何を云っても素直に聞いてくれるのは、孫だけである。
その孫へ”ありがとう”
孫の貴女へ、私からのお作法はこれ以上何もありません。
”先人の知恵”
先日郷里の友達が、ご夫婦で摘んだ”お茶”を送ってくれた。
畑の幸が一杯詰まったダンボール箱の中に、炒った黒豆も袋に入っていた。
”何だろう?”と一瞬考えた。
同封の手紙に、
「お茶を飲む時に、お豆さんを入れて下さい。○○流の母のやり方です」
お礼の電話の時に聞いてみた。
「黒豆はどの様にすれば良いの?」
「家では、急須で飲んでいるの、沸かすともっと良いらしいです。その時に一つまみの炒り豆を入れるととても美味しい味がします」
何でも姑さんがその様にしてお茶を沸かして飲んでいたと言うのである。
代々続くお寺さんの家庭。
黒豆は、むしが綴った物でも炒って使えば良いという事だった。
早速その日から、番茶を沸かす時に一つまみの黒豆を入れた。
一つまみと言えば、5~6個である。
番茶の香がよく出る様にゆっくり沸かした。
「美味しい!」
何処かで飲んだ懐かしいお茶の味がした。遠い遠い昔、その人の姑さんの故郷と同じである、父の祖母の家か?それとも母の郷の家か?
子供の頃、郷里のお寺さんで親族一同テーブルを囲んで飲んだお茶の味か?も知れない。
その時は、子供だから、別段美味しいお茶と思って口にしたのではない!
しかし、今この歳になって飲むお茶は、懐かしい味と懐かしい思い出が一杯詰まって格別の味がする。
父方の祖母と母方の祖母の思い出が、急に瞼に浮かんだ。
「あの頃の、懐かしいお茶の味である」
黒豆を入れる事で何とも言えない口触り良いものになった。
あくる日、またびっくりする事があった。
昨夜、ポットに入れておいたお茶を棄てようとした時、入れた時のままの色と味にも変化がなかった。
「勿体無いから、昼食の時に飲もう」
こんなに美味しくて、味も変わらぬ飲み方を始めて知った。
「昔の人は、どうしてこの様な事を知ったのかね!」娘が感心する。
「本当に、そう思うね」
おばあちゃんの知恵を、もっともっと教えて欲しい!
美味しい番茶の飲み方を教わって、物凄く得をした気持ちになった。





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