9月の最初の土曜日、孫の学園祭があり、クラス全員で”よさこいソウラン”を踊ると云うので娘と見に行った。
テンポの激しい踊りは見ている分には楽しい!
身体は動かないが、気持ちが一緒に踊る。なんと楽しい事!
{今時の高校生の文化祭はこういうものなんだ!}と、色んな事で珍しく又特別若さが羨ましく思った。
男子生徒も一生懸命に踊る。大漁旗も立派に刺繍までしてつくられていた。
孫の踊る姿を見に行ったのでなく、孫達が踊る”よさこいソウラン”を見に行ったのである。クラス全員が玉の汗を流して踊る姿は、とても頼もしい感じがした。
孫の高校最後の学園祭で私も一緒に思い出を作らせてもらった。
次の日の天候は暑過ぎる事無く、お散歩に丁度良い感じである。
息子をお供に横浜に行く事になった。私が頼んだのである。
10時半に東急不動前駅~武蔵小杉まで電車に乗り、その後乗り換えて横浜に出た。
横浜からはJRの京浜東北線で、関内に行った。
夏休み最後の日曜日とあって子供連れの親子が多く、横浜から乗り関内駅で多くの人が降りる。
「今日は、巨人とデイゲームが横浜スタジアムであるからその人達だよ!」息子がそう云う。同じ関内駅で下車して、私達は目的地の伊勢佐木町を目指す。
今日は日曜日だからか、一丁目からズーと歩行者天国になっている。初めての商店街を四丁目までのんびりと歩く。
今回、何をしに伊勢佐木町まで来たかは、息子には云ってない。
「此処だ!これよ」私は一つのモニュメントを指差し、早速携帯カメラに収めた。
「これ、何?。これを見に来たの?」
「そうよ、これを見に伊勢佐木町まで来たのよ!」
「何も書いてないのに、これがそうだと何で判断するの?」
「テレビで見たから解るの。そして横に名前が書いてあるから間違いない!」
「ワーッ、ここだ!満足満足」
はしゃぐ私を見ながら、息子は不思議がる。
「本当に、これでいいの??」
「いいんだから、このモニュメントを見に来たのだから、少々字が見えなくともいいの」
「じゃ、次は何処?本当に此処なのかな…」
納得行かない感じの息子は、何度も聞き返す。
目の前の派出所に飛び込んで、次の目的場所の所在を聞いた。
「この先の広い交差点を左に進むと、日の出駅があります。その坂道を進まないで、右にある下の道を進んだバス停の近くに建っています」
おまわりさんに道案内を頼むとそう云われた。
「さっき聞いた行きかたを、もう一度云ってみて」
何度も、私に反復を促して道を進む。
ぼけた人を相手にしている感じに聞こえしゃくにさわるが…。
やっと、目の先に銅像らしきモノを見つけた。
幼い頃からフアンだった「美空ひばり」のモニュメントである。
{横浜が生んだ不世出の歌姫、美空ひばりの像である。哀しき口笛を歌った頃の十代の姿であることも彼女の原点の地であるにふさわしい。実家が魚屋であった彼女の長いお得意先が、この像のある寿司屋だという。ここのご主人は最後まで、ひばりの理解者だった…}
「僕の携帯で撮っておくよ!」
このモニュメントには、彼も納得の様子である。
私も一度このモニュメントを見たいと以前から思っていたので嬉しかった。
「さあ、今日の目的はこれでお終い。次は食事ね」
「さっき伊勢佐木町で美味しそうなかつおのお寿司があった。そこへ行こう」もう一度、四丁目まで戻った。
昼食を済ませ外に出ると、
「さっきの場所にもう一度行こう。そこにあるから…」
彼が言うので従った。
{オヤッ、何処からか歌が流れている。青江三奈さんが歌う”伊勢崎町ブルース”である}
側に行くと、初老のご夫婦が車道にたたずみ流れる曲を聴いていた。
ピアノの形をした大きな記念碑があり、伊勢佐木町の名を一躍有名にした、青江三奈の名曲「伊勢佐木町ブルース 」のモニュメントである。
私も側に行きボタンを押した。そこで初めて納得した。
先程はこのモニュメントを歩道側から見たので裏であった事に気がついた。
そして先程撮った写真が「ピアノ」の後ろ側であるのに気がついたら可笑しくて笑いが止まらなかった。
{そうだよな、確かテレビで歌が流れますと云っていた。音符も書かれていたけれど、不思議だとは思っても裏側から見ているとは感じなかった。
もう建てられてから月日が経つので、雨や風の影響で字が消えたのだと思って納得して訪ねるのが遅すぎたと、自分の心に言い聞かせていたのだ}
先月「BS エンターティメント 歌伝説 青江三奈」を見た画面と同じ感じで、写真を写しなおした。
「変だ、変だと思ったけれど、裏から見ているとは気がつかなかったね」
このような物に興味の無い証拠が息子の様子でわかる。これが本当のお供の役かな?
テレビで魅せられて、モニュメントを是非見に来たいと思った私も単純であるが、モニュメントの裏側を見て満足する私はもっとおバカさんである。
しかし、楽しかった。
帰りの電車でも思い出しては、可笑しくてしょうがなかった。
不動前駅で下車して、彼は自宅へ帰った。
満足した気持ちで歩いていると、五百羅漢寺の門前に
”幸せは得るものでなく 感じるものである”と書いてあった。
本当に幸せとは、感じるものであるのだ!とつくづく認識した。
例えば、お昼食に違う場所で食事をしたなら、青江三奈のモニュメントは後ろ側しか見なかった事になる。
しかし、私は行きたいと思っていた場所に行けた事、息子がお供に行ってくれた事に喜びを感じ「何と私は幸せ者」と神に感謝するだろう。
お散歩の締めくくりに良い言葉と出合い機嫌よく家に戻った。
今日の話を娘にすると
「何で、前も後ろも確認しないのかその気持ちがわからない」
と、一笑されて終わった。
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