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”F1レース観戦”

「富士山を背にF1日本、開幕」
{自動車レースの最高峰・F1の世界選手権シリーズ第15戦日本グランプリが28日、富士スピードウエイで開幕した。同コースでの開催は30年振り。初日はフリー走行。29日に予選、30日に決勝が行われる。世界各国から11チームが参加。日本からはトヨタ、ホンダ、スーパーアグリ・ホンダが参戦。同コースでは76年に日本初のF1が開かれたが、続く77年のレースで2人死亡の大事故が発生。採算が合わなかったこともあり、以降の開催を断念していた。}

そのF1レースを見学に、今日息子が意気揚々と出かけた。

「あのレースを見ると、絶対自分の何かが変わる感じがする」
と、夕べ呟いていた。

今日29日は生憎の雨模様で、急に肌寒い。
「風邪をひかなければ良いが…」私はその心配をする。

人に聞いた話だけれど、80才過ぎたおばあさんが、60才の娘に「風邪ひくなよ、足元気をつけよ」と言っていた。
という話が理解できるようになった。
いつまで経っても、娘と息子は子供なのである。

幼さだけが親の頭にこびり付いているから、
「無茶な事するなよ!無謀な事したらあかんよ!」
30才を過ぎた息子を送り出した。
「女は弱し、されど母は強し…」なんてそれは嘘だ。

「富士山の写真を撮って来て!」
メールで甘えられるのも、息子にだけである。

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”リサイタル”

今日23日は凌ぎやすい天候になった。
昼食を早い目に済ませ、渋谷行きのバスに乗る。

渋谷駅前からNHKスタジオパーク行きのバスに乗り換える。

Nhk2時開演の「日本デビュー20周年記念”キム・ヨンジャ”リサイタル」を見に行くためである。

渋谷は祝日とお祭りが重なって大変な人出。
この人の特別なフアンでもないが、この人が歌う「暗夜航路」が好きで、そしてこの人の真面目さに魅かれるから行く。

S席7000円である。チケットを買うのが遅かったからか?、二階席で真ん中あたり。

3000人は収容するホール。Nhk_2

NHKホールの建物も舞台も平凡なものである。

しかし、舞台が開くと生まれ変わるのである。いつも照明が素晴らしく輝く。二階席に少し空席があるだけでほぼ満員。
大きく二部に分かれていたが、中10分の休憩を挟んで殆んどが”キム・ヨンジャ”の歌で構成されていた。

5時終了。満足なリサイタルであった。

「今、終わった!」
「お風呂と食事の用意できてるよ!」
今日は、ゆっくり渋谷で買い物をしょうと思って出てきたが、思ったよりも時間が長引き直ぐ帰る事にした。
外は今にも雨が降りそうな感じ。渋谷駅行きのバスに乗ろうとしたが、行列が長い。歩く方が早いと思って散歩のつもりで動き出した。
何処に行っても人任せで、何にも覚えていないけれど、この渋谷だけは自信がある。

過去渋谷のど真ん中で6年生活しているから、どの道に迷い込んでも不自由しない。
距離感もわかっていて、そういう自信もあるから、歩く事にした。

Photo 丁度懐かしい宇田川町内会の神輿が目の前に来た。

目黒と違って派手さがある。

集客もさること乍、集金の差もあるだろう。

ハチ公前広場に来た時「日経の号外でーす」
「自民総裁に福田氏」と大きく出ている号外を配ろうとしていたが、雰囲気が可笑しい。
号外が出た時に過去何度か出くわしている。そういう時は号外を持っている人は自分が倒されないように立っていれば良いだけであるが、今日は「号外です」を連呼している。
その周りに人は寄っていかない。私自身もそんな気持ちである。

丁度ハチ公の前で号外を配っていた人は新聞を持つ手が疲れたのか、置いたまま「日経の号外でーす」と声を張り上げていた。
如何に人気の無い号外である。

ポツリポツリと雨が落ちて来た。渡されたから貰った号外を手に急いでバスに駆け込む。

本職の立ち場からこの選挙を判断すると、

福田さんと麻生さんは正反対の質を持つ人物であり、森喜朗氏と福田さんは同じ質。麻生さんは、民主で言えば岡田さんと同質。
方や「穏やかに穏やかに、話し合いをして…」の一点張りの福田さんに対し、麻生さんはメリハリをつけて物を言う人。だから街頭演説は聞く人の心を惹く。

福田さんは再度の挑戦に強い人で、混迷の時に出て来る役目。そういう意味でも条件が良いし、さらに今年は運気が良かった。

一方、麻生さんはミステリー期の清算期の人だから少し早すぎた。次の機会を待ちたいものであるが、この人自身、今少し稼動力が低いのが残念である。

福田さんの言葉は、はっきりしない事が多い。しかし、決める時はきつく思い切った事をする事を忘れてはいけない。又その言葉は人の心に刺さる程である。

と言うと、最初の言葉と矛盾するが例を上げるとこういう事。
喧嘩をしている人達の間に入って「皆、誰とでも仲良くしょう。喧嘩しないで、穏やかに話し合いしましょう」と割って入ったつもりが、気がつけば何も纏まらず自分も一緒になって喧嘩して殴ってしまう状態である。

揉め事の仲裁に入っても、何も纏められない人なのである。

前総理の「放棄」と似たような事が無い!とはいえない。案外無責任な所があり、クールで取り付くしまのない人と見る。
前総理ともう一つ似ているところは、決して人のいう事に耳を貸さないと言う所が同じである。人の意見に耳を貸さないという事は、人のいう事は参考にしないのである。
さらに福田さんは、自分の体験で物をいう事においては強いけれど、体験できてない事には全くの駄目人間である。
この様な人が、一般人が期待する「格差社会をなくす」働きが出来るのであろうか?
弱者の立場が理解できるであろうか?
云っても響かない相手に物を申すのも「如何なものかと思う」

そんな期待の薄い総裁誕生を表現する「号外」の配布だった。

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”残暑の夕日”

「暑さ寒さも彼岸まで!」
明日は秋分の日。東京は今日も最高に暑かった。
しかし、この暑さも今日までで明日からは平年並みの気温に戻ると言う嬉しい予報。

夕方、部屋から外を眺めると、遠くで夕日がビルの窓に反映しているのが見えた。
見方によっては、ビル火災と間違う?品川区大崎あたりになる。Photo
最近は部屋から見えるだけでも、彼方此方に立派なビルが建ち始め競い合っている感じがする。

「この部屋に来ると、本当に都会だなーと感じるね」
子供達が良く言う。

Photo_2

 先日頂いた岡山の葡萄も、 猛暑の時に最高のおやつになった。

秋深まる頃には、郷里にお墓参りを予定している。

一時の真っ赤な夕日がせわしなく色んな思い出を蘇らせ、ビルの陰に沈む。

「今日一日も元気で過ごせました。ありがとう!」

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”その考え、余りにも厚かましくない?”

先日「東急セミナーBE」で一日体験があった。
”今回は、このような感じで進めて欲しいのです”という要望があり、それにそってメモを用意した。

「何でも占いに関する質問がありましたら、おっしゃって下さいね!」
一人の男性が手を上げた。
「このセミナーで占いの勉強を半年続けたら、人を占って商売できますか?」
「じゃ、貴方に質問します。もし、半年此処で勉強をした人に自分の人生を占って貰いますか?」
「それは、嫌ですね!」

私ははっきり物事を云う。例えそれが人集めに対して不利な事であろうとも。
「今のような質問を良く聞きます。この様なカルチャーセンターは、彼方此方で沢山あります。何処のカルチャーでも一人でも多くの人が来て、人数の増える事を望んでいます。それは当然です。私達講師は、生徒さん達がその時間を楽しみにして通われ、問題が起きない様に気をつけて授業を進めます。それが与えられた役目であって、プロに仕上げる気持とは違います。ここはプロを目指す人の窓口と考えてもらった方が良いと思います。しかし、あえて個人レッスンに進める事も致しません。その様に手招きする事はご法度という気持ちで教壇にたっていますから…」

たかが占い!されど占いである。
何をするにも、長い時間とそれに伴う経費もかかる。タカが半年で何が勉強できているかである。
”たかが占い!”と思うから、時間もお金も掛けないで、お金儲けが出来ると踏むのである。

高校を卒業しました。大学を出ました。その学校でお金儲けの仕方を習いましたか?教えてくれるだろうか?
基礎から、上級のお勉強であってお金儲けのノウハウでないはず。
学生時代勉強した色んな基礎があって、それを活用して世の中で生きてゆくには無駄にはならない。
しかし、それがすぐお金儲けには使えないという事は身を持って体験している事と思う。
如何にその人に商才があるかの問題も加味されて、言うなれば何を学んでもお金儲けに繋がって行かせるのもその人の才覚でもある。

苦労せずノホホンと6ヶ月通ってそれだけでお金儲けが出来る位なら、世の中で占い師は存在しない。
何故なら自分が半年勉強すれば良いのだから…。

何故?その様な簡単な事が理解出来ないのだろうかと思う。
そしてその様な質問をされる度に”あなた、人の人生を何と考えている!”と思い、腹立たしくなる。

反対に話を聞くと、世の占い師がどれ程の勉強を重ねているかにも問題がある。

易占やタロットは「今」を占うには良く当たると言われる。しかし、過去や未来は占わないという。
私達は、ズーと先の人生を判断して今の生き方を指導する。
今日の精神状態や明日と言う簡単な事でなく、「先見の明」を占いの勉強を通して心得ている。
だから、長い年月体験と勉強を怠る事無く続けているのである。

余りにも厚かましい考えは反省して、努力が何時かは「実を結ぶ」と言う気持ちで頑張って欲しいのです。

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人任せ!

今日は目黒区主催の「サンマ祭り」が開かれていた。
宮城県気仙沼から運ばれたサンマを炭火で焼いて無料提供する。
昨年は5千匹のサンマが用意されたそうである。

今年も昨年の暑さに負けない強い日差しが、朝から射していた。
昨年は夏物衣料を整理していて、お祭りには行かなかったのを思い出す。

今日も残暑が厳しい。朝からパソコンを打ちながら、息子からの電話を待っていた。

「お早う!今日はどうするの?」
「電話が来るのを朝から待っていたよ!」
「起こしてくれと頼んでいたのに…。じゃ、出かけよう。12時半不動前駅だ」

以前から気になっていたお墓の汚れの事と、どうしても確かめておきたい事があった。

不動前駅で東急線に乗車、武蔵小杉に向う。
「住所は?」
「エーッと、知らない」
「じゃ、駅名は?」
「うーん、思い出せない。考えるわ。以前一度行ってくれた時は、下北で乗り換えたじゃない!」
「今日は、路線が全然違うのだよ。参ったなー」
息子が私の携帯を取り上げ、メールを打っていた。電車は容赦なく進む。
「返事来ないなー」
私も娘にメールを打つ。しかし、返事がない。

その内電車は武蔵小杉に着いてしまった。
「駅で、地図(路線)を見るから大丈夫よ!そうしたら思い出すから」
「駄目だよ!ここはまだ東急線だから同じだよ」

「もしもし…」
「は~い」どうもお昼寝をしていたようである。
「お母さん、何処に行くのか解らないの?」
「何!どうしたの?」
「行く先がわからないの。下車駅の名前は何処だった!」
「鶴川よ!あー、びっくりした」
「ありがとう。思い出したわ」
出かける前に娘が部屋に来ていた。
「三人で出かけたら皆疲れて夕食の用意するのが大変だから私は留守番するわ」
そう云っていた。急に私がボケて物忘れをしたのだと取ったようである。
物忘れは酷いが、まだボケ症状ははっきりと出ていないつもりであるが、しかし…疑わしい。

お陰様で目的駅がわかり、JR南武線に乗り換えて登戸へ向う事になった。
「この切符は、下車する所まで買ったからね」
「うん!」

登戸に着き、次は小田急線に乗り換える事になった。
「切符を取ったよね」
「改札口に入れたよ!」
「持っているの?」
「ないよ」
「駄目じゃないか、通過するだけなんだよ!」
「駅員さんに言わないと」

「もう、切符は僕が持つ。あんたにはその場で渡す」
”云われてしまったよー”

それでも、予想していた時間よりも早く着き墓地までの道すがら、秋になり稲穂の色づきに感心し、ナス畑を見渡しながら暑い沿道をすすむ。
一年半位の間にすっかり周囲が変化して、造成地が墓地になっている。

003 まるで此処はお墓の銀座である。
管理事務所も分散されポリスボックスの造りで点在して警戒を強めている感じ。

「こんにちは、今日は墓石の拭き掃除に来ました」
「行ってらっしゃい」女性の管理員が出てきた。

暑さの厳しさにめげず、墓石を二人で拭いていると男性の管理人が側に来て見ている。
「この墓地は、被害に遭わなかったのですか?線香立てに花立があるかどうか気になり確認しに来ました」
「此処は被害に遭っていませんよ!反対に持ち主の方に電話を掛けた位です。皆さんが心配して自宅に持ち帰っているのですから」
「うちはどうする?お母さんの遺骨を抱いてお墓に来ました。”線香立ては?花立は?ありゃー家から持ってくるの忘れました”じゃ何にもならないわね」
「管理事務所でも、預かってはいますけれど…」

運気が良いので、そのままにしておこうと思った。何も置いていないのも妙に墓石の値打ちが下がり感じが悪い。

汗だくになったので、墓地の隅で上着を着替えて帰る事にした。
「ご苦労さん!さあ、昼食をとりましょう」

「少し墓地が遠すぎたかなー」
「そんな事ないよ。伯母さんの事や板屋(祖父母)の事を考えたらうんと近いよ」
「そう、お母さんは来る事ないから良いのだけれど、来てもらう事考えたらね遠すぎたかなーと思うの」
「家から往復約2時間、電車賃は往復1500円弱。しかし、駅から墓地までは歩かないでタクシー使ってね」
「僕は歩く、沿道の畑を見ながら歩くのは楽しいよ!」
「目的は墓地でなく、君の場合は虫にあり!」

不動前に着いたら5時前であった。今日の日曜日も失敗もあったけれど楽しい日でした。
来週は、NHKホールに出かける。
一ト月をこの様に過ごしていると、本当に短く過ぎてしまう。

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夏の夜の思い出話!

猛暑だった夏の夜が嘘のような昨今、秋の夜長に鳴く虫の音を聞きながら眠りに入る幸せなひと時に”その時あなたならどう対処する”という感じのお話をしたいと思います。

じっくりとその人の立場に立って考えてみて下さい。

この歳になると食事に行く相手もグーンと若い人である。昔は年配者に連れて貰ったものだけど、今は違う。
ある時、渋谷・東急セミナーで仕事を終えて、6時にホールで待ち合わせた。

「何処に行きますか?」
「そうだね、どうする」
「私が一度行きたいと思っているお店に付き合って下さいよ!」
という事で行く先が決まった。

世間話をひとしきり、ねた切れになった頃その人は家族の話を出して来た。
「娘が今月お産で帰って来るのですよ!」
「そう、それは楽しい事ですね。初孫さんですか?」
「そうなんだけどね…」

{娘が帰って来るのは楽しみ!孫が生まれるのも嬉しい。しかし、である}
「お父さん、あの娘に彼氏が出来たんだって、結婚を考えているらしいのよ」
ある時奥様が、ソーッと耳打ちしたらしい。
「何処の誰と?」
「写真があるから見てみる?」

アルバムを手に総合写真に写っている一人の男性を指差し
「この人よ!大勢で写っているので見難いけれど」

まじまじと眺めていたが、オヤッと感じる事がありアルバムの表紙を見直すと…
「このアルバム、君の時の卒業写真じゃない?」
「そうよ、私の時のよ。彼はその時のクラスメイトだったから良く知っている人よ」

奥様は、夫より一つした。娘の夫も自分より一つ下という事になる。

その人は、その時どの様な返事をしたかは聞かなかった。聞かなかったのは私の配慮。
一番反対したのが息子さんであったそうだ!
「俺は絶対反対だよ!妹の婿さんを何と呼べばいいのだっ」

「古典落語よりズーと面白い現在版の落語が生まれそうね」
「参ったよ~」

今頃は、目を細めてお爺ちゃんを演じているでしょう!その後の話は知らない。

その人と別れ際に思った。年下の男性と食事をしちゃった!私も歳を取ったものだと。

大粒の汗を流して席に着いた若者を、私は痺れを切らして待っていた。
「仕事終わった?」
「もう一度、社に戻りますから後でゆっくりします」

此処は、彼が一度入ってみたいと思っていたお店だそうである。
私は、過去に4,5回来ていた。
「思い切り飲んで、食べたらいいわよ!」
息子にご馳走する気持ちで世間話をし、仕事の話をし飲み続けた。

「以前、友達と飲んだ勢いでカラオケをしに行ったんですよ!僕の番が来てイントロが終わり、さあ歌いだそうと思ったら…」
そこで話しに詰まった。
「どうしたの?何か起こったの」
「テレビにお袋が出て来て…。何じゃ、これはですよ」
「えー、お母さんが、それで歌は歌ったの?」
「歌いませんよ!お袋見ながら声は出ませんよ!」

その歌の題名は聞かなかったが、おそらく演歌である。配役応募で選ばれたのであろう。
息子の驚きも分からないでもない。

今日は、この辺で。

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リラックスした休日!

先週の失敗があって早くも一週間が過ぎた。
その間、授業をしながら鑑定し、ネット占いの原稿を一つ仕上げ、忙しかった。

その様な意味で第二週目の日曜日は心の底からリラックスした。
丁度、8、9日は大鳥神社の秋祭りである。町内総出でお祭り騒ぎになる。
今年は、隣の元銀行の跡地が「宮本」の陣になっていた関係上、朝から大きな笛太鼓のお囃子が流れる。Photo 
賑やかなものである。

私は今年初めてお祭りに少しばかり”奉納”させて貰った。
家族元気で仲良く毎日を暮らす事が出来るのは、氏神様のお陰である。

8日の夜は、夜店で賑わう大鳥神社の境内を散策した。出店は多いが人の出入りは今一少なく感じる。

Photo_2 夜の街を沢山の神輿が「わっしょい、わっしょい」女神輿も元気なものである。

大たこ焼きを買ったら、一つ80円程につくと云って騒ぎながら子供達が食べていた。
これもお祭りの賑わいの一つである。

夕べは熱帯夜で寝つきが悪く、夜中に起き出してノートを見て過ごした。
朝からお囃子が賑やかである。

洗濯してお部屋の掃除を済ませシャワーを浴びてすっきりしたらお昼になった。
娘が用意してくれた「パスタ」を食べ、午後からは賑やかなお囃子の音楽を聴きながら、お昼寝をする。
「なーんだ、昼寝していたのか。しかしこの喧しいのに良く眠られるね!」
息子があきれた様に云いながら家に来た。
「工事なら振動があるけれど、祭りの音楽は子守唄みたいなもの」
それから、暫らく昼寝の続きをした。

「平和な日曜日を過ごしたね!」
同じ事を考えながらいたのか、娘がそういって夕方入ってきた。

この平和な時間も今日でしばしお休み。明日から一週間は連続で仕事が入っている。
次の日曜日は又楽しい計画があるが、どうも”目黒のさんま祭り”でもあるようだ。

元気で何より。

働く時は一生懸命頑張ってまた充実したお休みを迎えたい。

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休日

9月の最初の土曜日、孫の学園祭があり、クラス全員で”よさこいソウラン”を踊ると云うので娘と見に行った。
テンポの激しい踊りは見ている分には楽しい!
身体は動かないが、気持ちが一緒に踊る。なんと楽しい事!
{今時の高校生の文化祭はこういうものなんだ!}と、色んな事で珍しく又特別若さが羨ましく思った。
男子生徒も一生懸命に踊る。大漁旗も立派に刺繍までしてつくられていた。
孫の踊る姿を見に行ったのでなく、孫達が踊る”よさこいソウラン”を見に行ったのである。クラス全員が玉の汗を流して踊る姿は、とても頼もしい感じがした。
孫の高校最後の学園祭で私も一緒に思い出を作らせてもらった。

次の日の天候は暑過ぎる事無く、お散歩に丁度良い感じである。
息子をお供に横浜に行く事になった。私が頼んだのである。
10時半に東急不動前駅~武蔵小杉まで電車に乗り、その後乗り換えて横浜に出た。
横浜からはJRの京浜東北線で、関内に行った。
夏休み最後の日曜日とあって子供連れの親子が多く、横浜から乗り関内駅で多くの人が降りる。
「今日は、巨人とデイゲームが横浜スタジアムであるからその人達だよ!」息子がそう云う。同じ関内駅で下車して、私達は目的地の伊勢佐木町を目指す。

今日は日曜日だからか、一丁目からズーと歩行者天国になっている。初めての商店街を四丁目までのんびりと歩く。
今回、何をしに伊勢佐木町まで来たかは、息子には云ってない。Photo_4

「此処だ!これよ」私は一つのモニュメントを指差し、早速携帯カメラに収めた。
「これ、何?。これを見に来たの?」
Photo_5 「そうよ、これを見に伊勢佐木町まで来たのよ!」
「何も書いてないのに、これがそうだと何で判断するの?」
「テレビで見たから解るの。そして横に名前が書いてあるから間違いない!」
Photo_6 「ワーッ、ここだ!満足満足」
はしゃぐ私を見ながら、息子は不思議がる。
「本当に、これでいいの??」
「いいんだから、このモニュメントを見に来たのだから、少々字が見えなくともいいの」

「じゃ、次は何処?本当に此処なのかな…」
納得行かない感じの息子は、何度も聞き返す。

目の前の派出所に飛び込んで、次の目的場所の所在を聞いた。
「この先の広い交差点を左に進むと、日の出駅があります。その坂道を進まないで、右にある下の道を進んだバス停の近くに建っています」
おまわりさんに道案内を頼むとそう云われた。
「さっき聞いた行きかたを、もう一度云ってみて」
何度も、私に反復を促して道を進む。

ぼけた人を相手にしている感じに聞こえしゃくにさわるが…。
やっと、目の先に銅像らしきモノを見つけた。

幼い頃からフアンだった「美空ひばり」のモニュメントである。
{横浜が生んだ不世出の歌姫、美空ひばりの像である。哀しき口笛を歌った頃の十代の姿であることも彼女の原点の地であるにふさわしい。実家が魚屋であった彼女の長いお得意先が、この像のある寿司屋だという。ここのご主人は最後まで、ひばりの理解者だった…}Photo_7

「僕の携帯で撮っておくよ!」
このモニュメントには、彼も納得の様子である。
私も一度このモニュメントを見たいと以前から思っていたので嬉しかった。

「さあ、今日の目的はこれでお終い。次は食事ね」
「さっき伊勢佐木町で美味しそうなかつおのお寿司があった。そこへ行こう」もう一度、四丁目まで戻った。

昼食を済ませ外に出ると、
「さっきの場所にもう一度行こう。そこにあるから…」
彼が言うので従った。
{オヤッ、何処からか歌が流れている。青江三奈さんが歌う”伊勢崎町ブルース”である}
側に行くと、初老のご夫婦が車道にたたずみ流れる曲を聴いていた。Photo_8

ピアノの形をした大きな記念碑があり、伊勢佐木町の名を一躍有名にした、青江三奈の名曲「伊勢佐木町ブルース 」のモニュメントである。
私も側に行きボタンを押した。そこで初めて納得した。Photo_9

先程はこのモニュメントを歩道側から見たので裏であった事に気がついた。
Photo_10 そして先程撮った写真が「ピアノ」の後ろ側であるのに気がついたら可笑しくて笑いが止まらなかった。

{そうだよな、確かテレビで歌が流れますと云っていた。音符も書かれていたけれど、不思議だとは思っても裏側から見ているとは感じなかった。
もう建てられてから月日が経つので、雨や風の影響で字が消えたのだと思って納得して訪ねるのが遅すぎたと、自分の心に言い聞かせていたのだ}

先月「BS エンターティメント 歌伝説 青江三奈」を見た画面と同じ感じで、写真を写しなおした。

「変だ、変だと思ったけれど、裏から見ているとは気がつかなかったね」
このような物に興味の無い証拠が息子の様子でわかる。これが本当のお供の役かな?

テレビで魅せられて、モニュメントを是非見に来たいと思った私も単純であるが、モニュメントの裏側を見て満足する私はもっとおバカさんである。

しかし、楽しかった。

帰りの電車でも思い出しては、可笑しくてしょうがなかった。
不動前駅で下車して、彼は自宅へ帰った。

満足した気持ちで歩いていると、五百羅漢寺の門前に
”幸せは得るものでなく 感じるものである”と書いてあった。

本当に幸せとは、感じるものであるのだ!とつくづく認識した。
例えば、お昼食に違う場所で食事をしたなら、青江三奈のモニュメントは後ろ側しか見なかった事になる。
しかし、私は行きたいと思っていた場所に行けた事、息子がお供に行ってくれた事に喜びを感じ「何と私は幸せ者」と神に感謝するだろう。

お散歩の締めくくりに良い言葉と出合い機嫌よく家に戻った。
今日の話を娘にすると

「何で、前も後ろも確認しないのかその気持ちがわからない」
と、一笑されて終わった。

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