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”天気は快晴”

念願の姉のお墓にお参りです。兄と朝食もそこそこに車を走らせた。
こうしてお願い出来るのも、わずかな期間かも知れない。そう思うと淋しさが込み上げる。74才になる人へ、そう運転もお願い出来ないだろう。
走りなれた尾呂志街道も又一箇所、新しく道が出来上がっている。
同窓生がこの町で生活していると言うので、寄って見る事にした。
上野という所は、尾呂志の中でも一番環境が良いようでのどかさが伝わり、今日の陽気は小春日和を感じるのに充分。
「こんにちは!」
言うより先に玄関の戸に手を掛けて開けたが、お留守の様である。
がっしりとしたたたずまいを見回しながら、気持ちの手土産を置いて玄関を閉めた。
「やあ、来たか!」
機嫌の良い言葉を期待しただけに、少し残念に思った。

{若かりし頃、この地をくまなく代議士や県会議員の選挙カーに乗って回ったものだ。その当時と差ほど変化は無い様に思う。しかし、人の代が変わりこの歳で再びこの地を踏むとは想像もしていなかった。}

紀和町板屋に入ると、直ぐ目に付いた物がある。Photo
Photo_2

紀州鉱山の資料館」の大きな看板の上の銅像である。
この地で父と母の愛情を一杯受けて育ち、巣立った私達である。
この象徴になる「炭鉱夫」の像は、忘れられないこの地のお父さん達の姿である。
しばし、懐かしく見とれて思い出に馳せた。

此処から、実家の前を通り友達のお墓参りに行く。誰も住まない実家は二階の雨戸が傷んでいる。その痛ましさを横目で見ながら、山のお墓に向う。
昨年春に亡くなった「善子ちゃん」のお墓に、どうしても手を合わせたかった。
涙で目頭がかすんだ。お互い身体の弱さには、人知れず悩んだ人生だった。

この様に車を自由気ままに「止まれ、進め!右へ行ってッ」と、お願い出来るのも兄だからである。

さあ、これで満足!。
姉の待つ湯の口の墓地へ進める。
「昔、この先で右へ行ったよなー。ちょっと回ってみよう」Photo_3
兄が言って本当に懐かしい道を、そして思い出の多い場所を尋ねた。
この川の岩から飛び込んで、善子ちゃんと泳いだ。中学生の夏の思い出。婚約をして、あの木陰で風に吹かれて過ごしたわずかな時間。
今、立つ場所に祖父母の店があり、そこが何よりも姉と私の人生にまつわる物語が生まれた。
Photo_4 その鉄筋の建物だけが時代の波に押し流されて壊され、川原の「榎木」が何度もの水害に立ち向かい残っているのも皮肉なものだ。
「あの、榎木の所に水が来ると、そろそろと思って店の物を上に運びあげ始めたのだよ!」
水害から守る為、雨が降る度に商品の荷揚げ…。姉の声が聞こえてきそうな感じがする。一番環境の変化を受けた小川口の祖父母の店跡に立って、姉を偲び亡き夫の姿を思い浮かべた。

湯の口の墓地に着くと、木の葉がお墓の周りを埋め尽くしていた。
綺麗に掃き清めながら、最後になるかも知れないが気持ちよくお掃除が出来る事を感謝した。どれ程、生前大浜の夫の墓掃除をして貰った事か…。

お返しできる環境にいま出会い、有難さで一杯だった。
「ねーさん、来たよ!これが最後になるかね…」
落ち葉を除くと新しい石碑が光っていた。返す返すも淋しくて残念な姉との会話である。
思う存分お墓で時間を過ごし、次の行動へと進むことになる。

昼食は瀞流荘で、お刺身定食を食べる。大きい切り身のお刺身とヒジキの煮物。
「ひじきの煮物を食べるの久しぶりだなー。美味しいね」
思わず口に出た兄貴の言葉を聞き、日頃の生活を垣間見た感じがした。
何も作ってやれない自分を恥じた。申し訳ないと思った。そして可哀想に思えた。

志古のドライブインで、買い物がしたい!」
昼食を済ませ、三重県側から「葛橋」を渡り和歌山県側に移る。
対岸の湯の口を見ながら川下に進み、宮井大橋を渡り国道168号に出る。
大体このコースは何時もの通り、しかし今日はその先で違った。
娘が今年手がけた仕事に「新宮市小口」のイルミネーションの紹介の事が話題になった。
「少し遠いけれど、そこに行って見るか!」
とにかく何でも知っている兄貴に驚かされた。
「お母さん、おじさんに教えて上げてよ。小口でイルミネーションの飾りが見えるって…」
娘がその仕事を手がけ、新宮市の観光課の人と会話をしたらしくそう言っていたが…。

国道168号線のさつき温泉バス停近くから進む事8キロ。Photo_5
新宮市”小口自然の家”があり、大きなもみの木が立っていた。この建物は廃校を利用した宿泊施設で、側には広いキヤンプ場がありその為の設備も整っている感じである。
きっと夏には涼を求めて、多くの家族連れが訪れているのでしょう。Photo_6

Photo_7 更に驚いた事は、皇太子様もこの場所を訪ねられた事である。

Photo_8 ”高倉神社”が鎮座していてそこをご参拝されたのだろうか?

東京から来たという若い娘さんが、近くのお寺に宿泊して近辺を散策しているのに出会った。良くぞ、知っているという感じである。

永年過ごした新宮市の町の事も知らないで観光案内に従事した自分をちょっぴり恥じた。
娘に良いお土産話が出来ると思うと、この地を訪ねた事は大変良かった。

彼方此方とドライブして、再び168号線に出て新宮へ帰った。
紀州みかんの配送を頼み、ジャスコで兄へのお礼を買って家に着いたら4時だった。
それから又友達が待ってくれている本宮へ、今来た168号線を戻るのである。

対岸に”撞木山”と呼ばれる岩肌を眺めて少し進むと新しい長いトンネルが出来ていた。
この撞木山とは「鐘が鳴るか撞木が鳴るか、鐘と撞木のあいがなる」という、バスガイド時代の案内文の一節である。
お寺の鐘を突くと鐘から音が出るのか、それとも撞木が音を出すのかどちらかと考えると、どちらでもなく、釣鐘と撞木の間から音というのが生まれてくるのですよ!と言った説明だったと思う。

一昔も二昔も、それよりもっと前の案内を思い出しながら懐かしんでいると、トンネルの切れ目が友達の待つ自宅近くだった。和歌山県田辺市本宮町請川
思ったよりもズーとトンネルのお陰で近かった。でも、丸一日ハンドルを握ってくれた兄にしたら大変なことである。「本当に、ありがとう!ご苦労様」

「あんた、犬大丈夫?嫌い?」
「犬好きだよ、だけど人にも犬にも愛想は振れないの!」
「犬には愛想はいらないよ。犬は何でも良く知っているから」
一本やられました。
苦笑しながら彼女の後について行くと、少し離れた所から犬が尻尾を振って歓迎してくれていた。
「見てッ、いつにない喜びようで尻尾を振っている」
犬も受け入れてくれたのだろう。

友達の新築の家を拝見するよりも先に、川湯温泉へ急いだ。
私の到着を待ち構えてくれていたのであろう。
辺りはすっかり、夜のとばりがおりていた。

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