”世界遺産熊野古道・中辺路”
のんびり温泉につかって、夕飯に彼女の手料理をお腹一杯いただき休ませて貰った。
ぐっすり眠れたのか目覚めが良かった。彼女の家は築3年。贅を尽くした和風の立派なものである。
部屋はお茶室になっている。
襖も天上も何もかもが、建築を手掛けた大工さんの拘りの作品のようだ。
とてもお洒落で落ち着いた素敵なお住まいです。
午前4時半まだ夜は明けていない。
6時、上のお寺の早朝の鐘が鳴る。
東海近畿地蔵霊場第26番札所 曹洞宗 新豊山「祐川寺」の鐘の音。
朝食前にお寺にお邪魔すると、入り口に可愛い小坊さんの写真があった。
和尚さんが、早朝祈願のお経をあげてくれた。
自分個人の為にお経を頂くとは、あり難い事です。
新宮へ戻る前に「世界遺産・熊野古道」へ車で行ける場所を案内するという事で連れて行って貰った。
彼女は、本宮町・中辺路界隈の「語り部」である。
一日6時間位歩いて案内するのだそうで、その時に貴賎笠を被ると喜ばれるそうだ!
この笠も中国産の物が土産物店で1000円程で売られていると言う。
しかし、本物の笠は皆地の人が手掛けているそうで、5000円するそう。
関東から見えるお客さんは、特に歴史に熱心な人が多く、案内する張り合いがあると言っていた。
紀伊半島南部にあたる熊野の地と伊勢や大阪・和歌山、高野及び吉野とを結ぶ古い街道の総称で、「熊野街道」とも呼ばれる。
熊野古道には伊勢と熊野速玉大社を結ぶ伊勢路、その伊勢路の花の窟から分かれて熊野本宮大社に向かう本宮道のほか、大阪から和歌山を経て熊野に至る紀伊路は田辺で熊野本宮に向かう中辺路と、そのまま紀伊半島を海岸線沿いに那智へ向かう大辺路、高野山から熊野本宮へ向かう小辺路、吉野から熊野本宮へ向かう奥駈道(おくがけみち)とも呼ばれる大峯道などのいくつかのルートがあるのです。
この熊野古道「中辺路」は田辺から紀伊山地に入り熊野本宮大社を経て熊野速大社、熊野那智大社を巡る参詣道をいいます。
平安時代以降、皇族貴族をはじめ多くの人が熊野詣に使ったのがこの道です。熊野三山を巡った後は、難所「大雲取」「小雲取」を越えて熊野本宮大社へ戻り京へと帰って行かれたのだそうです。
この近辺には、水呑・伏拝・祓戸王子があり、平安期には、多くの上皇・貴族が訪れた「熊野詣」のメインルート「紀伊路」~「中辺路」沿線には「熊野九十九王子」と呼ばれる小さな社跡が残っています。
これは、熊野権現(熊野の神様)の子神を祀る社跡で、今も熊野古道の見どころで通過ポイントとして親しまれているそうです。
国道168号線を、本宮大社を横目に見ながら進み発心門へ着いた。
「熊野九十九王子」の中でもとりわけ、格式が高いと言われている五体王子(藤代・切目・稲葉根・滝尻王子)の中の一つ「発心門王子」。
「発心とは、発菩提心、即ち仏道に入る心を起こすことをさし「菩提心を発す門」という意味を持つ」。
ここは文字どおり聖域熊野本宮の入口なのです。
「いりがたき みのりのかどは けふすぎぬ いまよりむつのみちにかへすな」
苦行の末、ようやく仏の国に入ったのだから、もはや六道苦の世界に後戻りはするまいという決意を述べたものだとされ、歌碑が建つ。
六道=地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天界を指す。
水呑王子を参拝して、
伏拝王子に進むとお天気が良いので、遠くに那智のお山が霞んで見えた。
今日も、多くのグループの人達がこの熊野古道を散策に来ている。
皆元気が良い!羨ましい限りである。
残念ながら時間がないので近くにNHK朝の連続ドラマ”ほんまもん”のロケ地があるらしいが、それは又の機会の楽しみにして、此処で新宮へ戻る事にした。
12時過ぎ兄の待つ家へ戻ると、”秋刀魚の馴れ寿司”を買って待っていてくれた。
思わぬ食べ物で、こおどりした。
やっぱりこれをいただかないと新宮へ来た甲斐がない!兄貴の”心遣い”に感謝した。
兄にホームで見送られ、13時6分発名古屋行きの電車に乗って新宮を後にした。
今回は、此処に書いていない多くの人に再会出来、ひと時を過ごさせて貰った。
実にハードなスケジュールであったが、体調が良く嬉しかった。
「皆さんお元気でね!ありがとう御座いました」
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